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為楽当及時~再旅人kenのblog~

風林火山「川中島!龍虎激突」

先週の放送をツーリングに出たおかげで見逃しましたが、
一応、土曜日の放送で視聴はしました。
武田家の次代を担う山縣昌景や香坂昌信の本格的登場はありましたが、
またまた勘助の・・・晴信が対村上の方針を決定した後に、
したり顔で「それが宜しいでしょう」などと言う言動にムカついたので、
感想は書かなかったんですけどね・・・(笑)

主君がさ・・・「こうする」と言っているのに、
それを追認するような言動をするなんて、
臣下にあるまじきことなんじゃないでしょうかね・・・
当時のことは良く分かりませんが、
少なくとも歴史劇の様式美からはあるまじきことかと。
まぁ、勘助が主人公だから、というのはありますけどね。

そうは言いつつ、今日も見てるんですが(^_^;)
勘助の読みを宇佐美定満がウラをかく、と言う、
このドラマにしてはありえない展開で(笑)
長尾景虎軍が武田家の諸城を落としていく、と言う展開でしたが・・・
なぜ景虎勢が精強なのか?と言うことが分からず、
リアリティにかけましたね。
景虎も定満も、陣に臨んでさえ兜をかぶってないし。
兜をかぶると、景虎のビジュアルイメージがマイナスだからとか、
そんな理由じゃあるまいな?笑)

勘助と定満の読み合いは、
まるで将棋を指してるかのように演出されてましたが、
それってどうなんでしょうかねぇ・・・
その駒一つが一体、人間何人で構成されてるかと思うと・・・
って、PTA的な物言いになりそうなので止めますが(^_^;)
私は暴力表現批判の槍玉に真っ先に挙げられることが多い、
ゲームを愛好してるので・・・
暴力的なゲームが好きなわけではありませんが、
ま、そういうゲームも広義のゲームですし、そういう趣旨でですね。

良かったところとしては・・・
諸角虎定は、前回から
(801ちゃん風に言うならばw、使い方おかしいと思わないでもないですが)
死亡フラグが立ってる状態でしたが、
死なずに助かったのは意外でありましたし、
(調べてみたら、勘助や信繁と同じタイミングで討死するようです・・・)
その諸角に掛ける晴信の言葉はなかなか見事だったかと。
しかし、このドラマは信繁の重みがあまり分かりませんね(笑)

あと・・・景虎が冒頭で色々言ってましたが、
そこに「兜跋(とばつ)毘沙門天」という言葉がありました。
前回見ていて、「これって兜跋毘沙門天?」と思っていたので、
「おお、やっぱり」と言う感じでした。

DSC00140.jpg


DSC00141.jpg


ただ、私が兜跋毘沙門天とはこういうもの、と思っていたのと、
真実は少々異なるようなので、逆に無知をさらしているようなものですが(^_^;)
写真は石山寺で見た兜跋毘沙門天(とその説明板)。
石山寺の説明はリンク先のウィキペディアに譲りますが、
この毘沙門天像が、何か風林火山に関係あるというわけではなく、
私が兜跋毘沙門天と言って思いつくのがこの写真、と言うことです。

風林火山紀行は、「長野県長野市」と言いつつ、
実は善光寺のみでした。
当然ながら、当地にはより直接的に関係するスポットがあるので、
これからも紹介されていくのかな?と思います。
善光寺の写真は載せませんけれども・・・
劇中、景虎が晴信を盗人呼ばわりしてましたが、
善光寺の本尊は景虎(謙信)が越後に移したと言う説もあります。
それって、現代的感覚からすると、
十分に盗人の行為なんですけどね・・・(笑)

DSC01810.jpg


と言うわけで、この写真は、
(のちに上杉氏が移った)米沢市にある、
善光寺如来関係のものです。
上杉家廟所前にあったかと思いますが、
そこまで・・・と言うか、どちらかと言えば、
小さなお寺だったような覚えがありますね。
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